そもそもは、音楽雑誌ADLIB編集者だったジャビット八田が、角松さんと仕事を通じてのお付き合いがあるため、公認(黙認)コピー・バンドの看板を掲げました。
そして、2006年9月23日に行われた目黒BLUES ALLEY JAPANでのライヴ T's Songs from Gonnosuke-zaka〜FAKE de OMA!〜においては、角松氏から与えられた2曲の課題曲を含む21曲を本人の前で披露し、「
初めて角松さん本人から紙飛行機を飛ばされたバンド」として歴史に名を刻むこととなりました。またその功績により、ヴォーカルのジャビット八田には角松氏より「せみ」の称号が授与されています。